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  • engekiishikawagumi

106「方丈の海」

更新日:2023年8月7日


新しい約束の場所は現実のものとなって立ち現れるのだろうか?

石川裕人が渾身の力を注ぎ描く震災の黙示録。


【公演】TheatreGroup"OCT/PASS"vol.34

    2012年8月30日(木)~9月3日(月)・9月5日(水)~8日(土)

    せんだい演劇工房10‐BOX box-1

〈出演〉絵永けい 小川描雀 長谷野勇希 美峰子 大山健治 荒野紘也 χ梨ライヒ 

    河村邦画 漣なみ 佐々木久美子 横山真(客演) 高橋彩(友情出演) 


撮影 川村智美


 

  『方丈の海』(冒頭部分)  作 石川裕人


方丈とは一丈すなわち、約三メートル四方の狭い部屋の意である。

       三メートル四方の海なんて、どこにある?

       海はだだっ広いから方丈に切り取ってみる。

       切り取ったら、なにかわかるかもしれない。わからないかもしれない。

       海が襲来する風景をわたしたちは既に視てしまった。

       その跡には、文明の残滓が瓦礫と名を変えて、広大な荒野をつくった。

       悲劇は、その後にやってきた。

       残った人間が、悲劇の元になり、悲劇を生きる。

       災厄(さいやく)は、無情で滑稽な相貌(そうぼう)を出現させる。

       人間の心の奥深くに眠っていた制度や倫理への乖離が浮上してきた。

       更新される震災の記憶。

       新しい約束の場所は現実のものとなって立ち現れるのだろうか? 


       

   声  あれは海か?

   声  海が膨張している!!

   声  世界中の海がこの岸に集まってきたのか?

   声  途轍もない大量の海だ。

   声  無限の力を誇示する海だ。

   声  堤防を越えたぞ!!


登場者たち、方形の枠を持って、漂う。

みんなが目を剥きその枠の中、からあらゆる方向を覗いている。


   声  荒くれだった海だ。

   声  引力を無視して上へ伸び上がる海。

   声  全ての文明の財産を打ち壊し海底へ引きずり込む。

   声  終わった。すべて終わった。

   声  情け容赦ない天の気まぐれ。

   声  堤防を越えたぞ!!

   声  阿鼻叫喚も消え失せ、瓦礫の荒野。

   声  残ったものは心のかけら?

   声  一縷の望み?

   声  人の営み?

   声  無一物の人だけが残った。

   声  終わった、すべて終わった。

   声  その人の回りには物が溢れたが、心のかけらは無一物と判断した。

   声  生きる。

   声  生きるか?

   声  生きられるか?

   声  無一物のわたしは物の氾濫の中を泳ぎ切れるか?

   声  堤防を越えたぞ!!

   声  海底へ引きずり込まれた私の所有物よ。

   声  わたしもその氾濫にまみれて消え失せたかった。

  唱和  あれは海か!?

   声  まぎれもなく海だ。

  唱和  あれは海か!?

  唱和  海だ!!


       風。


荒野。

一人襤褸の者が、登場する。


 襤褸   雪が降ってきたっけな。ここは暁浜という小さな入り江だ。小さな入り江に

      見合った小さな漁港。半農半漁の町はおだやかな気質の人たちばかり二百人

      くらいが住んでいた。

      2011年三月十一日、午後二次四十六分だった。今から十年前のことだ。

      あの大津波で町は全滅してしまった。町はことごとくやられ川を遡った海は

      山の小学校を呑み込み多くの子供たちを海へ運んだ。それを助けようとした

      先生や親たちも一緒の道行きになってしまった。

      もうみんな忘れてしまったろう。ま、そういうもんだ。熱いところを通れば

      いつしかすべてが無かったことのように語られる。けれどわたしは

      RemenbarAkatuki Harber!!

      おお、敵性言語を使っちまった。そういえばあん時アメリカさんは「とも

      だち作戦」とかいって救援の手を差し伸べてくれたっけ。第二の進駐軍現

      るだったなあ。


        風。

     

       襤褸、映画館廃墟の前に立つ。

       スクリーンのようなものがある。


 襤褸  この暁浜には珍しくも映画館があった、岡田劇場。もちろん都会の小綺麗

      な映画館じゃない。喫煙ご自由、便所の臭いが客席まで漂ってくるテイス

      トオブ昭和の代物だった。館主の岡田英一の道楽みたいなもんだ。自分の

      好きな映画をただただかけてはその日暮らしの映画渡世だった。岡田英一

      はあの津波で生き残ったが目をやられてしまった。自分が生涯かけて愛し

      てきた映画を見られなくなってしまったんだ。そして、映画館はまだ撤去

      もされず残っている。撤去もされずというより、ここも忘れられた元建築

      物だ。

      『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶ

      うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の

      中にある人と栖と、又かくのごとし。たましきの都のうちに、棟を並べ、

      甍を争へる。朝に死に、夕に生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりけ

      る。不知、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。』

      

       「方丈記」の一説を朗唱し出すと崩れ落ちているスクリーンに映像が浮

       かび上がる。


  襤褸   どうしたんだろう、廃墟のスクリーンに今夜は何か映ってる。

  

       大人と子どもがいる。



 

       ※続きが読みたい、上演希望の方はお問い合わせください。


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