【公演】十月劇場
1984年6月29日(金)・30日(土)・7月1日(日)
白鳥ビル8Fホール
「嘆きのセイレーン」(冒頭部分) 作:石川裕人
序章
海のざわめきがまた今夜も聞こえてくる。夜の想像の翼が羽搏こうとしてい
る。ビルの建ち居並ぶ、この街の海へ魚となり人魚となって我々は出没する。
街の夜の灯は黄金色や虹の眼の蛾を吸いつけてプラタナスの並木に光を投げて
いる。そのボーとした蛇形の灯の鎖が深海魚のようにうねって岸壁のドルフィ
ンやロープをスクリーンのように見せている。舗装道をずっと歩いていくと、
我々の癖は怪し気な曖昧屋の居並ぶ路地へと呼び誘ってくれている。声がす
る。
第一章 とりたての輝き
―この野郎どけい‼
―邪魔すんな
―そればかりはやめて下さい。
―だったら払いな
等の声が「家」の中からする。そしてその「家」の壁を破って数人の人々が
肩に手に家財道具を持ち出てくる。彼ら哄笑を残し、リヤカーにて立ち去
る。泣き崩れている家人。ザブーンと波の音がして暗転。
一転して静かなオルゴールの音。青白いスポットライトの中、水面上にひと
りの女が浮かび上がる。女はカッパえびせん等を食べ乍らやめられない止ま
らないといった風情で本を読んでいる。
ギギギギギーッと鉄扉が開くような音がする。それは、もしかすると海底深
く沈む海賊船から転げ落ちた宝物の入った箱が開く音かもしれない。
いま、その封印が解かれ、新たな物語が始まろうとする。
どこからか、小学校帰りの女の子が登場する。盛岡のサカナ町小学校に通う
3年2組の玉姫様だろうか?
花道を読みながら登場。
玉姫 フムフム、「セイレーンというのは海のニュムペーで、ニュムペーは妖精。」あ
たくしのような妖精。妖精のようなあたくし。「そのニュムペーは歌をうたっ
てはその歌を耳にした者たちをみんな魔法にかけてしまう力をもっておりまし
た。」あたくしの音痴なパパがカラオケで家族全員を金縛りにかけてしまうみ
たいなもんかな。この歌、なんだかわかる?♬北の酒場通りには、長い髪の女が
似合う♬(一定の音程で歌う)これなのよね。みんなその場に金縛り。この前な
んかあれよ、おばあちゃんなんかその場で息絶えたわ。「その為不幸な船乗り
たちはその力に抗うことが出来なくなって身を海中に躍らせて死んでしまうの
です。」「オデュッセウスはキルケ―の注意に従って、」キルケーってのは、
オデやんの師匠みたいなもんかな。「みんなの耳に蠟を詰め、自分の体を網で
しっかりと帆柱に縛りつけさせました。」オデやんは、肝試しが好きだったの
ねそんでそのセイレーンの島へ向かった訳だわよ。すると案の定聞こえてまい
りましたの。例の歌。
音楽
玉姫 このはりのある高音がたまらんなぁ。「その調べはあまりにも美しく魅惑的だっ
たので」「オデュッセウスは身をふりほどこうともがき綱を解いてくれるよう
にと頼みました。」しかし部下は固いからねえ、命令通りしか動かないお役所
仕事。「更に固くオデやんを柱に縛りつけた」訳よね。そうやって彼らは無
事、セイレーン達をうっちゃりで破って次の冒険へと旅立つことになりました
とさ。でもこれは何の教訓かな。美しいものは見ない振りをするってこと。
次第に暗くなってゆくライト。オルゴールの音、高くなる。波の音。人好
きのする通りには闇の隘路を縫って遁走する人間たちを誘い込むエキスが
潜んでいるのかもしれない。やってきたそのエキスに吸い込まれた人間
は、背中に水道の蛇口を差しドンブクを着た青年であった。
音楽
M 青いインクの隙間に 襲いくる海が視える
速度の海が視える
塩まみれのオルゴール
ビロードの熱帯夜
オーロラの父 巨鯨の母
青いインクの隙間の
速度の海よ
青年 (自ら背中に差す蛇口に出てるのか出てないのか口をつけ唇を湿らせていたが) 町の夜の灯は、黄金虫や虹の眼の蛾を吸いつけてプラタナスの並木に光を投げて
いる。そのボーっとした蛇形の灯の鎖が、深海魚のようにうねって道路沿いのベ
ンチや電話ボックスをスクリーンのように見せていたが、そう云えばこの舗装道
も両側の溝は黒い石に研ぎだされ、白いアスファルトを着出して浮き出してぬれ
ぬれと光っている。その通りを抜けて俺の癖はこんな怪し気な曖昧屋の並ぶ路地
へと呼び寄せてしまっている。
とある路地である。上手に「キャバレー人魚」のイルミネーションが見え
る。下手にゴロンと転がっていたり、立っていたりするゴミ用のポリバケ
ツ。青年は再び蛇口に口をつけていたが夏の犬のように舌を出し、ゆらりと
ポリバケツの方へ倒れかかる。ト、なんとバケツのフタがパカリと開き少々
の生ゴミと共に、雨合羽着こんだ男が登場。顔も隠している雰囲気。
合羽 しじみいーッ‼
青年は我関せず立ち去ろうとするがどっこい合羽は許さない。
合羽 とりたてのしじみ、甘くてとろけるしじみ、よりによると酸っぱいのもあるしじ
み、こんな路地でしじみ、軟体動物・斧足類・シジミ科のしじみ、ああしじみ、
こりゃしじみ、なんのしじみ、ほれしじみ・・・
ト、やたらうるさくそして怪し気に七色の声音で青年の回りをまわってい
る。遂に青年、
青年 おっさん‼
合羽 へい、何グラムですかい?
青年 「何グラムですかい?」じゃない。余り俺の回りをうろつかないでくれ。
合羽 あの、
青年 なに、
合羽 昔ですね。
青年 ああ、
合羽 童話で読んだことなかった?
青年 何を。
合羽 虎が木をグルグル回っている内に光速になっちまってバターになったってやつ。
青年 それが
合羽 あたしもそうなりたくってね。食べていいですよあたしのバター。
青年 誰が!それより
合羽 何グラムですかい?お安くしとくわ。
青年 うるさいんだよ。
合羽 え!?うるさいと?いまのがうるさかったエエーッ!?(ト、大仰に)それはそれ
は御免ちゃ。謝りますちゃ。お詫びのついでに歌うたいましょね、ガシャ(ト、
テレコ入れる音、そして中森明菜の「セカンド・ラブ」が流れてきて歌おうとす
るが全然キイが合わない)あれれ明菜ちゃん難しいわ。やっぱあたしのテーマソ
ング歌うわな。♫しじみ屋のおっさんがうどん食べた、しちみ唐辛子。と、いや
あかなり古いけど、好評につきもう一曲、♫しじみ屋のおっさんは何が好き、夕
しじみ。なあんてね。うまい‼(ト、一人でほめている)では御言葉に甘えて初
春に送る第三弾…(ト、放っておいたら延々とやりそ)
青年 あんた。
合羽 リクエスト?
青年 ああ、ひとつな。
合羽 奈保子ちゃんだったら大丈夫。
青年 あんたをな、
合羽 あんたをななんて歌手いましたっけ
青年 ぶん撲りたいんだよ。
合羽 あたしを?なんかお気に障りました?
青年 さっきから障りっぱなしなんだよ。
合羽 ほほう、何故でせう。
青年 あんたのせいだよ、しじみ屋さん。
合羽 あたしは男でげす。
青年 ・・・
合羽 せいね 身長ですか?
青年 ・・・
合羽 でもないとアンモナイト。(判ってい乍ら判らぬそぶり)はあはあはあ(ポンと
手など打ち)性はオロナイン、名は軟骨といったらわかるかな?
青年 ・・・
合羽 納得してないという存在の有様を呈してますなあ。これだけ説明して上げてると
いうのに納得いきませんなあ。
青年 納得なんてどうでもいいから寄り添うのはやめろよ。
合羽 寄り添ってるのは君でしょ?
青年、サッとこの場を去ろうとするが、しじみ屋ぴったり青年をマークし、
一瞬たりとも離さない。まるでバスケット。遂に青年はシジミ屋を撲ろうと
パンチをくり出すがその手は止められてしまう。
青年 あんたしじみ屋じゃないな。
※続きが読みたい、上演希望の方はお問い合わせください。
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