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engekiishikawagumi

39「演劇に愛をこめて」

更新日:2022年1月2日





【公演】仙台市舞台技術養成講座公演

    1994年

    エルパーク仙台

〈出演〉絵永けい 小畑二郎 米澤牛 童丸 ほか 


 

「演劇に愛をこめて」(冒頭部分)                作:石川裕人  


        舞台は・・・、

        そこに無い。

        照明バトンは降りたままだし、書割りとてない。客電は光々と照り輝き、     

        これではお客は恥ずかしくてたまらんだろう。お客どころか、これが芝居

        者の仕事ならそんな奴等は恥をさらけ出して地に落ちてしまえだ。

        そう、これは悪夢である。

        演劇に携わる者なら誰しもがうなされる悪夢の一片。

        劇作家は一行も書いていない。役者は台詞が入っていない。

        道具方は人形の一個も作っていない。照明はキューシートさえない⋯。

        上演初日に何もかも間に合っていないのだ。

        劇団『嵐』はどこにでもあるような劇団である。劇団員全員が芝居で食べ

        ていけるわけではなく、かといって趣味の域からは大きく外れている。定

        期的に行う公演は毎回着実に観客を増やし続けている。可もなく不可もな

        くといったような極めて凡庸な劇団である。


        そんな劇団『嵐』の命運をかけた新作公演はまさに今、そんなわけで嵐の

        前の静けさの中にあった。ト、一斉に人々が出てきてセットを組み始め

        た。ひとり、男ががなり立てている。


舞台監督  ・・・何でこんなことになってしまったんだ。急げ!!あと一時間で幕が開      

      いちまうぞ!!座長はどこ行ったんだよ。まさかとんずら決めこんだんじゃね

      ぇだろうな。電話どこだ?山崎さん、電話は?

山崎さん  ここ、

舞台監督  すいません本当に、もしもし、・・・ちきしょう留守番電話かよ。『これは留

      守番電話だよーん。』じゃねぇ!!座長!!初日だよ、初日、だよーんじゃな

      くて初日!!(次の相手にダイヤルする)勝間、そうじゃねえだろう、そこに

      組むのか?図面見ろよ、図面を、(電話の先方が出た)あー、


        ひとり、男が登場。


照明    もしもし、

舞台監督  はいはい、ってなんで俺が掛けてるのに「はいはい」って言うんだよ。もしも

      し、

照明    はいはい、

舞台監督  清水?

照明    清水でございます。

舞台監督  何してるの?

照明    いま?

舞台監督  そうだよ。


        舞台は白熱している。飛び交う声、なぐりを打つ音。


舞台監督  ちょっと静かにしろ!!今日は何の日?

照明    二月九日は、

舞台監督  二月九日は?

照明    肉の日かな?

舞台監督  終わったら肉食いに行こうぜ、無事に済んだらな。

照明    どういうこと?

舞台監督  ボケるのもそこまでにしろよ。


        急に蚊の飛ぶ音が大きく入る。

        舞台監督の肩越しにとまった蚊は照明の清水君であった。


舞台監督  おお!!

照明    おお!!


        お互いびっくりしている。


舞台監督  音響!!来てるのか?

音響    (ブースの方から)へい、

舞台監督  目明かしか、おまえは。来てるなら挨拶しろよ。

音響    へーい。

舞台監督  そんな呑気な返事してるとこみるとおまえは大丈夫だな?

音響    何がですか?

舞台監督  何がって、

照明    何がって、今日初日だぞ。

音響    え?

照明    え?じゃねえよ。


         劇的な音楽が流れてくる。


音響助手  サダキチさん倒れました。

舞台監督  おいおいおい、止めろその音、こんなところで盛り上げてどうすんだよ。

照明    しようがねぇな、


どこかへ行こうと、


舞台監督  清水、どこ行くんだよ。

照明    あいつの様子を見てきますよ。

舞台監督  フフフ、

照明    何ですか?

舞台監督  俺はおまえの様子を見ていたいんだ。

照明    僕はいたって健康です。

舞台監督  羨ましいかぎりだな、・・・これなんだ?(降りている照明バトンを)

照明    バトンです。

舞台監督  舞台監督の俺をつかまえてよくぞ言ってくれた。そうだこれはバトンだ。

マトンでも、ニュートンでも、ルイ・ヴィトンでもなく照明バトンだ。で、

これは初日を控えて何故こういう状態にあるのだろうか?

照明    ・・・、

舞台監督  さっきおまえ、サダキチに言ってたよな、その言葉がもとであいつ倒れちま

いやがった。

照明    倒れる

舞台監督  おーい誰か、バケツに水持ってこい。

照明    (急は起き上がり)中沢、仕込み図持ってこい。

照明助手  (ブースの中から)貰ってませんけど。

照明    ハハハハハ、

舞台監督  ハハハハハ、

照明    !!どうしたんですか?一体!?

舞台監督  俺が聞きたいよ。

照明    あとどの位です?

舞台監督  一時間。

照明    だって・・・、(まわりを見渡す)

舞台監督  座長も来てなければ、役者も来てない、おまけに、

全員    (アーッ!!)台本はどこだよ!!


一挙にパニクリだす。もう上を下への大騒ぎである。

音楽は狂乱し、照明は乱舞する。


男が出てくる。

小忙しく鞄の中から台本を取り出し、忙しさを装っている風。

彼は劇作家。


劇作家   台本?書いてるよ。書いてますよ。もう少し待って下さい。とりあえ

ず一枚でいいからって、駄目駄目、一枚じゃ何もわからないでしょう、だっ

て長編になるんだから。もうちょっと、そうだね、せめて三十枚じゃなとい

       と。1シーンくらい無いとこっちもわからないもの。稽古はそれからやろう

よ。演出だっていないじゃない。自主稽古しておきたいって?言葉が欲し

い・・・か。ねえ、良ちゃん、そんなに急いでどうするの?


もう一人、男が裏返しの書割りの背後から出てくる

彼が良ちゃんである。


良ちゃん  書くって言ってからもう一年立つじゃないか。

劇作家   え、そうだっけ?そうだっけか、


 

        ※続きが読みたい、上演希望の方はお問い合わせください。

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