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engekiishikawagumi

40「月の音」フェリーニさん、おやすみなさい

更新日:2021年12月28日


【公演】十月劇場

    1994年4月

    十月劇場アトリエ

〈出演〉砂拉三駄 相田頼智 ほか



 

「月の音」(冒頭部分)                     作:石川裕人


       海


        黒い海。

つくりものの黒い海。

そして風。

そして船は行く。

私は彼と「旅」をしなければ・・・と考えた。

つくりものの黒い海と深い井戸、太った女と酷薄な男、出来上がらない作 品道化師過剰な言葉 カリカチュアとグロテスク 夢と現実の綱渡り 月

聞こえざる月の動く音 月の軋む音を聞くんだと言って旅だった彼。

そんな彼と「旅」をしなければと考えた。

この作品は『私』という人間と『彼』という人間の出会いと別れの「旅」の 物語になるはずだ。

しかし『彼』の作品がいずれも始まった時と終わった時とではその性格を変 えていたように、この作品とてそうなる可能性は大きいのだ。作品とはいつ でもそんな物である。

フェデリコ・フェリーニという人がいた。

彼には本当にお世話になった。学校に教師はいなかったが、彼が教師であっ た。

人とはどんな生き物か幼い私に教えてくれた。そして今でも教え続けていて くれる。


嵐がおさまって、鏡のように浮いている気狂いのような満月の出ている静か な夜に、この「旅」の物語は書き出された。

黒い海である。

天空には冷感症の女の唇のような薄い下弦の月が出ている。

その月の光は青白い。

すべての生きる物はその時、死者となる。


井戸

中空に満月が浮いている。

古びた石造りの井戸がある。

訳が解らぬくらい高い所から釣流鎖がぶら下がっている。

男が一人、阿呆のように井戸の脇に突っ立っている。

何か幽かに音が聞こえるような気もする。

しばらく・・・

男、井戸の側により、中を覗き込む。

しばらく・・・

顔を天空に向ける。


男1   やっぱりだ・・・、


暗転。

明転。

何人かの男女が男1と同じように天空を見ている。


男1   呼んでる。

暗転。

明転。

また何人かの男女が増え、天空を見ている。


男1   ほら・・・ね?

暗転。

明転。

男1だけになっている。

男1   僕は旅立たなければならない。


井戸の裏から女登場。

女1   聞いちゃった、聞いちゃった、

男1   母ちゃん、

女1   父ちゃんに言いつけるぞ。

男1   母ちゃん、それだけはやめてくれ、頼むよ。

女1   何買ってくれる。

男1   金ないのしってるだろ?

女1   何年前だったかなあ、あん時も金ないって言ってなかったか?

男1   今度は本当にないんだよ。

女1   じゃあどうやって旅に出る?

男1   無銭旅行ってのがある。

女1   無線持って出るのか?

男1   それじゃなくて、銭がない旅だ。

女1   チャリンコ、

男1   は?

女1   お前、先だって一勝負勝ったって言ってなかったっけか?

男1   僕は競輪なんかやってない。

女1   ふうん、あれは隣の息子か、同い歳だよな、

男1   ああ、

女1   お前もあの息子の十分の一でいいから遊びっ気があれば、家の家計も

助かるってもんさ。

男1   ギャンプルやれって言うのかい?

女1   勝つやつだけな、

男1   明日をも知れないのがギャンブルなの。

女1   お前の人生だ、まるで。

男1   本当だ。

女1   感心してる場合かよ。

男1   行くよ。

女1   行くよってお前、どうするんだ父ちゃんと母ちゃん、年寄り二人放っぽり出し

て簡単に行けると思ってんのかい?(急に咳込む)

どこからか反響した男の声が聞こえる。


男2   そうだそうだ全くだ。

女1   父ちゃん、言ってやってくれよ。この薄情な馬鹿息子に、

男2   ああ、言ってやる。ドンドコドンドコ言ってやる。

女1   ああそうさ、言うだけじゃなくて力づくでもこの冷酷な馬鹿息子を止めとく

れ。

男2   ああ、止めてやる。バカスカバカスカ止めてやる。

女1   ・・・威勢はいいけど、父ちゃんどこにいるのさ。

男1   風呂にでも入ってるような声だ。

男2   (気持ち良さそうに歌い出す)

女1   風呂に入ってるのかい?

男2   風呂じゃあないな、だってこいつはお湯じゃない。(ビシャビシャという音)

男1   トンネルか?

女1   トンネルかい?

男2   ガッタンゴットン、ガッタンゴットン、

女1   ありゃなんだい?

男1   汽車だ、父ちゃん汽車だよね?

男2   ああ汽車だ。でもなそんじょそこらの汽車じゃねえぞ。バルカン特急だ。

ガッタンゴットンガッタンゴトン。

男1   バルカン特急か、そりゃいいや。僕の憧れの特急だ。父ちゃんいい事教えてく

れた。 僕はそれで旅に出るよ。

女1   父ちゃん、逆効果だよ。

男2   ガターン!!バルカン特急脱線だ。

井戸の中から男2が出てくる。

女1   なんだ父ちゃん、ここにいたのかい?

男2   「ここにいたのかい」もないもんだ。お前がこの馬鹿息子を見張っててくれっ

て言ったんだろうが。

女1   あれそうだったっけか?でもなんで井戸の中からこんにちわなんだ?

男2   落ちたんだよ。

男1   ハハハハハハ、

男2   (思いっきりひっぱたく)馬鹿野郎、父親笑うのにハハハハハって笑うんじゃね

え。

男1   チチチチチチ、

男2   それで良い。

女1   やっぱり息子や、お前じゃないと勤まらないんだよ、この仕事は。ねえ父ちゃ

ん。

男2   そうでも、あるさ。

女1   どっちなの?

男2   そうでもあり、そうでもない。右でもあり、右でもない。文学でもあり、

文学でもない。父でもあり、父でもない。

女1   父ちゃん、どうしたの?落ちたとき頭でも打ったの?

男2   聞け、息子よ。

男1   はい、

男2   父思う、故に父ありと父思う。と、父思う。

男1   は?

男2   人には天分という物があるということがわかった。息子よ、お前のことだ。

井戸から水を汲み上げるのがいかに大変か、わしはこの井戸に落ちて始めて知

った。 つまりだ、この井戸はもう昔の井戸じゃないんだ。わしがお前くらいの

時分の井戸 とは様子が違ってる。

女1   どう違ってるんだい?

男2   涸れてる。お前みたいにな。

女1   あたしのどこが涸れてんだ?毎晩へチマパックしてんだぞ。

男2   息子よ、今までどうやって水を汲み上げてたんだ?

男1   こうさ、(釣瓶を引っ張り上げる動作を)

男2   ハハハハハ、

女1が男2を思いっきりひっぱたく


 

       ※続きが読みたい、上演希望の方はお問い合わせください。

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